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 それによると、国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の意向としてはこれ以上海軍作戦の遅延を許さず、海軍が要請した上陸部隊は1,500名を許可された、これに1,500名を追加し、上陸部隊はフォンタナ少将に預けてアンコナへ送るので、翌日部隊が到着したら直ちにリッサへ出撃せよ、と命じていたのです

ラ・マルモラ これにより、ペルサーノ艦隊は翌日16日、遂に決戦の場へと赴くことになったのでした

 さて、オーストリアの動きを見てみましょう

 第2回のアドリア巡航を終えた翌日の9日、テゲトフ少将は全艦長を旗艦「フェルディナンド・マックス」に召集し会議を開きます

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会議の内容は知られていませんが、近付く決戦に向け戦術を確認し、質疑を受けたものと思われます

 また、この時に出たものではありませんがテゲトフは有名な自身のモットー、「木の艦隊(自艦隊の装甲艦の少なさを例えたもの)は鉄の心によって敵を打ち破ることが出来る」を繰り返し語り、揺るぎない士気と強い必勝の信念を訴えたものと思われます

 この日艦隊は順次砲撃訓練を行い、ボイラーや機器類の点検、清掃に時間を掛けています

 翌10日の午後と夜間の二回、「敵艦船およそ20隻、リッサ沖20ないし25海里に見ゆ」との報告が艦隊に届きます

追ってダルマチアのザーラ(ザダル)から「敵艦16隻、イソラとグロッサ両島近海にあり」との報告も届きました

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艦隊は警戒を強めますが、その後は何事もなく時間だけが過ぎて行きました

 また、ケーニヒグレーツ敗戦の余波はこのダルマチアまで及び、ウィーンからの命令で離島や遠隔地に駐屯していた「第4大隊」(オーストリア陸軍の連隊は4個大隊制でしたが、4番目の大隊を切り離して守備隊や別働任務を与えるのが常でした)をトリエステに、又はザーラへと運ぶこととなり、12から17日にかけてダルマチア駐屯軍に配属されている旧式帆走フリゲート「ヴェネチア」(1,577t砲10門)外輪汽船「クルタトネ」(803t砲4門)「フィウメ」(430t砲2門)「エジット」(不明)と、テゲトフが送り出した艦隊付き輸送外輪汽船「サンタルチア」(1,443t砲6門)「ブルカン」(720t砲2門)の以上6隻で各地の部隊を回収、彼らはイタリアから妨害されることもなく無事に目的地へ将兵を運ぶことに成功しています

 14日朝には正体不明の装甲フリゲートがポーラに近付くとの警報があり、「ハプスブルク」「カイザー・マックス」の2艦が偵察に出ますが、近付いて来たのはトリエステからアドリア海に戻った英国艦「エンタープライズ」で、悠々と彼らの前を通り過ぎて行きました

多分、テゲトフ艦隊の様子を覗き見しに来たのでしょう

 また、16日0430にはアドリア海北部を偵察していた「ドラッヘ」が三色旗を掲げる船を視認、近付くと今度は本物のフランス艦で装甲フリゲート「プロヴァンス」でした

これはフランスの講和斡旋が進み、ヴェネトが一旦フランスに預けられることとなったため、ヴェネチアに赴く途中とのことでした

 艦隊には既に11日、ヴェネトがイタリアの手に渡る条件で講和が進められているとの情報が流れています

これは不穏な事態を招きかねない状況で、憂慮したテゲトフはアルブレヒト大将に対し、「もしヴェネト地方がイタリアの手に渡ったら艦隊に所属するヴェネト出身将兵800名を放免しヴェネトへ送り返したいがどうか」と質問しました