ガルパン スロット 赤文字

ガルパン スロット 赤文字

あなたも好きかも:パチンコ よく回る台
ベルダンの東南東19.5キロ)を経てエテン(同東北東19キロ)へ向かうこととなり、ポンタ=ムッソンに到着したばかりの諸隊は直接、「新」連絡街道線へ向かいました

 この後方連絡線は軍の北進と共に延伸し、エテンからダンヴィエ(ベルダンの北20キロ)を経てムーズ河畔のデュン(=シュル=ムーズ

同北北西29キロ)に至り、9月2日にはムーズ東岸沿いにデュン~ストゥネ~ムーゾンにまで延伸されることとなります

 ところがここで大問題が発生しました

あなたも好きかも:パチンコ プロポーズ 大 作戦
ボーモンとセダン会戦の結果、10万人以上の捕虜が発生し、これを独本土内まで護送しなくてはならなくなったのです

この任務は野戦各軍団が受け持ちますが、その護送ルートの確保はマース軍兵站総監部が命じられることとなったのでした

 この時、ストゥネからムーズ川を遡りエテンへ向かうただ一本の後方連絡ルートのみでは大渋滞の発生が必至だったため、マース軍兵站総監部は大急ぎで「第二連絡線」を設定してこれに対処します

あなたも好きかも:習志野 スロット 優良店
 このルートはムーズ西岸のボーモンからヴァレンヌ(=アン=アルゴンヌ

ベルダンの西北西26.5キロ)を経て南下し、ここからエール川に沿ってクレルモン(=アン=アルゴンヌ

同西南西23.5キロ)~ポーゼ(=シュル=エール

クレルモンの南南東17キロ)と下って、この後は24日に放棄された連絡路を復活してヴォブクール~サン=ミエル~ティオークールを経てポンタ=ムッソンに至りました

 この二本の後方連絡線では、9月初旬から一日辺り四千から五千名の捕虜とその護送兵が行軍しますが、彼らに給食するためには既設の倉庫だけでは足りないため、マース軍兵站総監部は急ぎ沿道の食糧倉庫を増設し、病院も数ヶ所に増設するのでした

 8月末までに、「ヴェセル」と「ボルケン」両後備大隊と予備驃騎兵第5連隊の2個(第3,4)中隊はエテン付近からデュンに至るまでムーズ東岸の連絡線を警備し、「イーザーローン」大隊は、ティオークールとサン=ミエルに駐屯、「ボーフム」大隊はクレルモンに駐屯し、連絡線上を巡回警備しましたが、この4個大隊では長大となったマース軍の街道連絡線を守り切ることは不可能に近く、デュンから先、セダンまではマース軍の野戦部隊が兵站線をも守備することとなります

また、ポンタ=ムッソンからティオークールまでの警備は前述通りS軍団の後備大隊に委任されていました

 このマース軍後方連絡線は、その多くが高地や山地を通過していたため、兵站糧食物資輸送には他の軍より多くの馬匹と車輌を必要としました

このため、本国策源地より比較的近距離にあった第二軍兵站総監部は、マース軍のために自己の補助糧食縦列1個半を移管し、マース軍兵站総監部はそれでも不足気味の馬匹を連絡線沿道から徴発するのでした

 マース軍兵站総監部は発足当初、軍本営と行動を共にし、クレルモン(=アン=アルゴンヌ)からボーモンへ向けて移動すると、8月30日の「ボーモンの戦い」で獲た捕虜と傷病者を後送するためデュン(=シュル=ムーズ)へ下がって移送の指揮を執りました